いくつになっても苦楽を共にした大事な仲間

久々に高校の部活の仲間が集まりました。仲間の一人のお父さんが亡くなって仲間の誰も知らず、誰一人駆けつけずに葬儀や49日の法要も終わらせていた。という連絡が届き、慌てて友人宅へ皆で駆け付けたとういうストーリー。

49日も終わっているためか、その友人は落胆している様子はなく、「まあ、こんな事情だけれど、みんなが集まれてよかった。のんびりして行ってよと。」ちょっとした同窓会になりました。歳を重ねるごとに、親も年をとり、こういう集まりが自然と多くなってしまいます。

女性の多くは結婚し家庭を持ってしまうと、こういった状況でないと中々集まるという事が出来なくなってしまうのが現実。悲しい集まりなのに、最初だけしんみり・・。すぐに「元気だった?」「太ったぁ?」「旦那や子供たちは元気?」等々、そっちこっちで始まります。

それからはもう談笑。いいのかな?と思うくらいにゲラゲラ大騒ぎ。これは、この友人宅に集まったからという事だけでなく、たとえ葬儀場に出向いたとしても、精進落としの場でも同じく騒がしくなってしまうのです。

おばさんになってくると、所かまわず・・・という事になってしまいます。自分が若いころは、おばさんってところかまわず、ピーチク、パーチク。よく話すことがあるなーと思っていました。でもこの年になると、それが理解できてしまうんです。

家庭をもって、しかも共働きなんてしていたら、仲間に合う時間も、連絡取り合う時間も無くなってしまって、やっぱり集まれるのは、訃報の連絡を受けた時くらいにってしまうからなんですね。

独身の頃は、旅行に行ったり、飲みに行こうって突然誘っても身軽に出かけていろいろ話が出来たけれど、おばさんはそれが出来ず、こういう場で会うまでの期間が長いから話すことがいっぱい溜まっているんです。

お互い年を取って更年期障害だとか、大病をして手術をしたとか、旦那さんが調子悪いとか、話題は本当に尽きない。久しぶりに会う気の合う仲間。だから話したいこと沢山。聞きたい事沢山。いくつになっても仲間っていい。大事。つくづく感じる一日でした。

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